エピローグ 患者と薬剤師の新しい関係性の創造に向けて

ある薬局での一場面

 「患者さんが急に怒り出して、さんざんな目に遭いましたよ」
 ある開局薬剤師が打ち明けてくれた。ことの顛末はこうだ。彼の薬局に訪れた50代の男性患者が処方せんを出すなり、「ジェネリック医薬品でお願いします。安くなるんですよね」と断定的に言った。だがそれは、先発品よりも後発品の方がやや薬価が高い薬だった。
 「いえ、この薬はジェネリックの方が若干ですが高くなりますよ。在庫もありませんので、取り寄せるのに少しお時間をちょうだいしなければなりませんが……」と説明を始めた途端、患者は顔色を変えて「そんなはずはない。かなり安くなるとテレビで宣伝しているじゃないか…」と言い募った。薬や仕組みの説明どころではなく、両方の薬価を示して結局、処方せんどおり先発品での調剤となったものの患者は心底納得したわけではなく、憮然とした表情で帰ったという。
 「薬局がごまかして儲けてるんじゃないか、めんどくさがってるんじゃないかという疑いの目だった」とやるせない思いを吐露した。
 患者のみならず医療者の間にも「後発品は安い」「後発品は劣っている」という固定観念がある。だが、なかには後発品の方が高いものもあるし、品質のすぐれたものもある。そうした事実やシステムをどれだけの薬剤師が知っているだろうか、と彼はため息をつく。

新システムにトラブルはつきもの、積極的に改善を促すべき

 どんな新しいシステムでも、スタート時にはトラブルがつきもの。特に今回は国による十分な事前説明もないまま、「薬代が2〜8割安くなる」という“激安感”を売り物にしたテレビコマーシャルが先行したため、患者・市民の間に多くの誤解が生まれた。
 ましてや、説明する側の医師や薬剤師も十分に制度の中身や制度がもたらす意味を熟知しているとは言い難い。薬局も説明のため待ち時間が長くなり、患者から不満が出るなどで負担感ばかりが募ってくれば、取り組みも及び腰になる。
 だが、ある開局薬剤師は言う。「ジェネリック医薬品の使用は先進国、発展途上国を問わず人類が手にした薬剤費節減策の貴重な方策。薬剤師自らが、このシステムを忌避すべきではないし、患者・市民に向けてジェネリック医薬品の品質の悪さを強調しても不安をあおるだけで何の利益にもならない。システムの不備は行政に、ジェネリック医薬品の情報の手薄さや品質の問題点は直接そのメーカーに指摘しながらシステム全体を育てていくべきだ」と。

近視眼的に捉えず、長期的・対極的な視点でシステムを捉える

 ある開業医も複雑な心情をにじませながらこう語る。
 「われわれには膨大な後発品の情報までは把握し切れない。患者が変更を望むとき、よい薬剤の選択や患者さんへの説明は薬剤師に任せるしかない。その意味で、今回の処方せん様式の変更は、薬剤師にとって大きなチャンスだろうね」。
 すなわち、医師にとっては、これまで独占してきた薬剤選択領域に薬剤師が踏み込んでくるということ、濃密だった医師と患者の間に薬剤師が入り込んでくるということを意味する。裏を返せば、薬剤師にとっては、長年望んできた真の代替調剤システム導入への入り口となりうること、患者との新しい関係性が生まれ得ることを示唆したものだろう。
 ある薬剤師も「今回の様式変更は代替調剤というよりもまだ“変更調剤”の域。これがうまく機能し、患者がよいシステムであると歓迎し、医療費削減への貢献が評価されれば代替調剤はもちろん、諸外国で行われているレフィル処方せんなどへの道を拓くことにもつながる。薬剤師がこれをどう育てていくかで結果が大きく変わる。近視眼的に目先の利益や経営の論理ばかりを振りかざすのではなく、大局的な視点で先を見据えて対応すべきだ」と語る。

患者の意識の中で変化しつつある“薬剤師”という存在を育てる

 本レポートを整理すると、今回の処方せん様式変更がもたらす意義は大きく分けて3つ浮かびあがる。1つは、国の医療費削減対策が出発点ではあるが、経済面で患者の選択肢が広がったということ。2つ目は、薬剤師の取り組みいかんでその先に真の代替調剤への道が用意されたということ、すなわち、責任は重くなるが薬剤師の職能が拡大されるということ。そして3つ目が、先発品にしろ後発品にしろ、患者が自由に薬を選択できるようになったということ、すなわち自己決定権が与えられたことで、患者の主体性が発揮されるようになるということだろう。薬に関する関心が高まって、患者のコンプライアンスが上がったという病院薬剤師の報告もある。
 3番目は患者のみならず、薬剤師にとっても大きな意味をもつ。PART2でも述べたが、患者が主体的に安全で“自分にとってよい薬”を選ぶためには薬剤師の専門的なサポートが欠かせない。薬局は「薬を受け取る場所」から「薬の相談をする場所」になったと語る患者の意識の微妙な変化は、患者と薬剤師の新しい関係性創造への追い風といってもいい。
 では、薬局・薬剤師はどういうスタンスで患者と向き合うべきか。これまで紹介してきたさまざまな発言を集約すれば、「薬局の意向」ではなく「患者の意向」に沿うことだろう。
 ある患者が言った。「医療は、満足の前に納得できることが大切なのです」。患者がこのシステムを納得して享受できるように、患者の選択の自由度が確保できる環境を整えること。真摯に患者と向き合う姿勢が薬局・薬剤師には求められるのではないだろうか。